変わったものは、視界そして生き方(発症と治療編)
変化は突然訪れた。
2016年5月のゴールデンウィークでお遍路の最中だった。
いつも一泊二日でお遍路。
宿泊に選んだビジネスホテルのベッドの上だった。
質素なベッドに横になってテレビを見ていたら、
テレビの画像が全然見えていなかった。
頭がベッドに沈んで、右目が見えない状態で左目だけでテレビを見ている。
「あれっ?」
丁度目にゴミが入った様な違和感で、すぐ目を擦った。
何度擦っても、左目がちゃんと見えない。
どうしたんだろう。どうしたんだろう。左目がおかしい。
帰宅してから、休暇を取って眼科に行った。
すぐに結果が出た。
先生から「網膜静脈閉塞症です」と言われた。
初めて聞く病名だ。
どういう病気か説明を受けた。
目ん玉の中に酸素を送る動脈が硬化し、
静脈と交差するところで静脈が硬化した動脈に圧迫されて、
送られた血液がきちんと送れなくて、
目ん玉の中の血管が梗塞されるらしい。
その際に網膜の細胞が酸素を要求するのだが、
酸素が送れない。
人間の身体のすごいところで、
他の血管から新生血管が出来て、
酸素を要求している細胞に酸素を送ろうとする。
しかしその新生血管は、とても脆い。
だから、すぐ破れて出血する。
そして、黄斑が腫れる。
そして、視力に支障をきたす。
昔の眼底出血と言われるメカニズムは、
そうらしい。
藁をもすがる気持ちで
手術と称して目ん玉に三回ほど注射をした。
私の場合視力が低下しているため、
黄斑浮腫を改善するための治療を行なった。
その後、新生血管が生じそうな部分に、
レーザーで網膜を焼いた。
レーザー光凝固術というらしい
網膜の細胞が酸素を要求しないようにするためらしい
症状は落ち着きを見せた。
それでも症状を落ち着かせるだけで、
元の様に視力は戻ることは無いと言われた。
そして、左目をこれ以上悪化しない様にする事と、
反対側の目も同じ様な症状が出ないように予防をする様に言われた。
主な原因は高血圧らしい。
私の持病だ。
しっかり血圧を管理してくださいとのことだ。
発病から一年ほど治療を続け、その後は経過観察が続いている。
片目だけの状態で5年が経った。
誤魔化しながら仕事を続けてきた。
このまま仕事を続けていいのだろうか?
自分自身に問いかける。
(罹患後の経過観察と私の生活)
以前にも増して、新しい情報が視力から入ってこない。
以前にも増して、テキストデータを読んでも、頭に入ってこない。
この病気になった人は、自分の人生をどう捉えているのだろうか。
最期まで職場で働くのだろうか。
最近どうも目の状態が芳しくない。
あえてストレスを感じながら最後まで働く必要があるのだろうか。
このまま、目の状態が悪化したらとっても後悔するかもしれない。
ストレスを感じて、仕事を続けるのであれば、若い者に職場を任せ、
老兵は去ればいいのでは無いだろうか。
もう彼此34年働いている。
そろそろ、他の事に目を向けてもいいのでは無いだろうか。
別に今の仕事が好きなのではあれば、その必要も無いのだろうが、
転職の際、次の仕事を探すまでの腰掛けのつもりできた今の職場、
34年間もいてしまった。
三人の子供たちのうち、二人は家を出て別の世帯で暮らしている。
末っ子だけが現在もまだ就職すら決まっていない状況だ。
コロナ禍で仕方がないのだろうが、それだけが気がかりだ。
多少まだ目が見えている間は、見たいものを見に行っては駄目だろうか。
出来れば北海道で住んで、豊創庵で自分の作品を作りながら、
地域に貢献して、大自然の元で残りの元気であろう期間を過ごしたい。
視力のある限り前向きに頑張りたい。
罹患後、
見えなくなったもの、
見えるようになったもの
確かに左目の視力は失った
見えなくなったものというよりは
右目は見えているので
見えづらくなったものといったほうがいいかもしれない。


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